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校長の声
No.26 コペル君の眼

No.26 コペル君の眼 

 終業式で『君たちはどう生きるか』の漫画版と文庫版の2冊を取り上げました(前項「終業式・離任式」の写真参照)。写真でかざしている漫画版は前校長の芳野敬三先生がカタリナ生のためにと一クラス分を寄贈してくださったものの中の一冊です。2年前に出版され、大ベストセラーになった話題の本です。文庫版は、ほぼ30年前、某私立学校で同僚だった芳野先生から生徒に薦めたい本を聞かれた私が、芳野先生に見せた(その後、そのまま持ち続けている)、その本です。

式で取り上げたのは、主人公「コペル君」のニックネームの由来が分かる冒頭のエピソードの一部だけです。

叔父さんと一緒に銀座のデパートの屋上から下を通る人の群れを眺めていたコペル君は、自分もその群れの一員なのだと気づきます。漫画版では屋上から眺めるコペル君に「僕も……」と思わせた後で、地上から見上げる視角で屋上の二人を小さく描いています。文庫版では「コペル君は、どこか自分の知らないところで、じっと自分を見ている眼があるような気がしてなりませんでした。その眼に映っている自分の姿まで想像されました」と書かれています。コペル君が「自分を振り返る眼」に目覚めた瞬間です。

自分を「振り返る」眼を持ちたい!

自分は今まで自分中心の見方しかしてこなかったのではないかと「振り返る」眼を持ちたい。

子ども達に説教を垂れるように言うのではなく、まず私たち大人が自分に言い聞かせたい。

自分の言動が他者にはどう聞こえているのか、どう見えているのか、謙虚に振り返りたい。

 

文庫版には丸山真男氏の解説文が載っています。丸山氏は言います。「天降り的に「命題」を教えこんで(略)ゆくのではなくて、どこまでも自分のすぐそばにころがっている日常何げなく見ている平凡な事柄を手がかりとして思索を押しすすめてゆく、という教育法は、いうまでもなくデュウィなどによって早くから強調されて来たやり方で(略)したが、果たしてどこまで家庭や学校での教育に定着したか、となると甚だ疑問です」と。

コペル君は叔父さんとの対話を通して世の中を見る眼(思索)を深めてゆきます。吉野源三郎氏の原作は1937年、丸山氏の文章は1982年のもの。AL(アクティブラーニング)のアの字もなかった時代に、「主体的・対話的で深い学び」は日常的に構想されていたのです。

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