校長室の窓から
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No.3 1年生学習合宿

2018年04月16日 月曜日

No.3 1年生学習合宿での挨拶 

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No.1 入学式「式 辞」

2018年04月11日 水曜日

No.1 入学式「式 辞」 

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No.2 始業式メッセージ

2018年04月11日 水曜日

No. 始業式メッセージ 

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ようこそ、校長室へ!

2018年04月02日 月曜日

ようこそ、校長室へ!

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No.576 さよなら校長室の窓

2018年03月26日 月曜日

 本校に赴任する12年前の3月3日、私に勇気と元気をくれた言葉があります。「好きなことを始める。始めたことを好きになる」。看護科専攻科の卒業証書授与式において、在校生代表送辞の中で聞きました。ある著名人のことばでしたが、その名前は憶えていません。保護者席に紛れ込んで落ち着かない私にとって、衝撃のことばでした。すぐに、内ポケットのボールペンと名刺入れを取り出し、自分の名刺の裏に書きつけたのです。以来、私は、このことばに寄り添いながら12年間を過ごしてきました。
 この学校で、私は好きなことを始めました。そして、過去に経験のない新しいことを始める幸運にも恵まれました。やり始めるとそのどれもが好きになりましたから、結局は好きなことをし続けた12年間でした。もちろん、次なるステップにも「好きなことを…」のことばを携えて進みます。ただ、それを報告する手段を持ちません。本欄の読者には貴重な時間を割いていただきましたが、当便をもって最終とします。長らくのお付き合いに対し、心よりお礼申し上げます。「本当に有難うございました」。

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No.575 物語はここから

2018年03月19日 月曜日

 どのようなことであろうが、誰しも中途半端は避けたいところである。単に数字を選ぶにしても、できれば何かしら意味のあるものにしたい。それというのも私の勤務は今月末で切れるから、この欄での発信は次回のNo.576で終わることになる。つまりは、意味のある、或いは区切りの良い数字を残せないことが少し気になっているのである。しかし、そのようなことよりも、「発信は週の初めに1回」の基本にこだわって完結することを優先した。「継続は力なり」の格言によれば、ここで何かの力を付けたかもしれない。終わりは次の物語への始まりであり、その力を活かす道を探りたい。
 明日は離任式・終業式である。校長の挨拶としていつもは10分前後の時間をもらうのだが、12年間の思いの丈を語るとなるとそんな時間ではとても足りない。その一方で生徒が、たっぷりの話など微塵も期待していないことは百も承知している。しっかりと準備をして、最後はピシッと締めておきたい。話の材料はいくつか用意できている。これから半日かけて、吟味することになる。

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No.574 在任中初の可能性

2018年03月12日 月曜日

  韓国は平昌でのオリンピックで、日本は過去最多のメダルを獲得した。連日に及ぶ大活躍の報道は、広く私達の日常生活の中にある種の高揚感を振りまいていた。ところで、このオリンピック、開催を4年に1度と決めたことには何か確たる理由があったのだろうか。これ以上でもこれ以下でもいけない、3年だと短過ぎるし5年だと長過ぎる。開催間隔の設定が絶妙だと思う。
 そんなことを考えながら、この間に行なった二つの卒業式を振り返る。高校生の3年間、これはこれでわき目もふらずに走り抜ける感じがして悪くはないがやはり短いというべきか。対する看護科専攻科生の5年間、こちらはつくづく長いと思う。それ故、式では「(よく頑張った)おめでとう」のことばを囁きながら一人ひとりに卒業証書を手渡している。生徒の半数は表情を崩し、あと半数は涙をこらえて表情を硬くするが、どちらの眼も達成感に光っている。だからこそ、大学卒に伍して国家試験に挑み、合格証を手にすることができるのだろう。自己採点の結果は上々と聞く。全員合格の報が届けば4年連続、こうなると在任中初の偉業となるのだが。

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No.573 女子校に幕

2018年03月05日 月曜日

 次は、卒業証書授与式における校長式辞の末尾である。演壇に持参した原稿には、ホームページに載せたそれの行間に、私の「独白」と生徒が発してくれるであろう「声」とを入れていた。( )内がそれである。
 ――― 今から、皆さんに5つの言葉を順に一つずつかけていきます。その全てに、右手の拳を上げながら「はい」という意味での「イエス」で応えてください。実際には「イェース」となります。(こんな風に右手を構えて、それを伸ばしながら「イェース」という具合です。/一度練習してみます。構えて、「イェース」。/オッケー。それでは、本番です。)
 「聖カタリナ女子高等学校に入学して、良かったでしょう?」(全生徒が右手を挙げながら「イェース」の声)「聖カタリナ学園高等学校を卒業して、良かったでしょう?」(「イェース」)「良心に従って生活する、真の人間になってください」(「イェース」)「高い教養を身につけて、社会に役立つ人間になってください」(「イェース」)「誠実・純潔・奉仕の心をいつまでも忘れないでください」(「イェース」)
 涙が…の心配は生徒たちの声々々に吹き飛び、ここに創立以来93年間続いた女子校への入学生がステージを下りてしまった。

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No.572 病者の日によせて

2018年02月26日 月曜日

 カトリック教会には「世界病者の日」というのがある。と言って、かねてから知っていたわけではなく、過日の教会ミサで知ったことである。聖ヨハネ・パウロ二世教皇が「ルルドの聖母の記念日2月11日」に合わせて1993年に定められたという。定義としては「病者がふさわしい援助を受けられるように(中略)、広く社会一般に訴えていく日」とある。そして、当日に配布されたパンフレットには、それに関連する聖書のことばが続いていた。「ヤコブの手紙5.14-16」である。
 「信仰による祈りは、病人を救います。主はその人を立ち上がらせ、もし、その人が罪を犯しているならその罪は赦されます。あなた方が癒されるために互いに罪を告白し、そして祈り合いなさい。正しい人の祈りは大きな力があり、効果があります。」
 日々の暮らしの中に、より広くより深い安定感を求めるなら、上の新約聖書のことばをかみしめたい。特には、文章中のふたつのキーワード。ひとつは「互いに告白し」であり、いまひとつは「正しい人の祈り」である。

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No.571 じりつの証

2018年02月19日 月曜日

 高校3年生の卒業試験は今月初めに終了した。したがって、月末までは自由登校期間となっている。もっとも、国公立大学を受験する生徒は、ここからが正念場である。吉報を得るべく、最後の仕上げに余念無く励んでいることだろう。
 ところで、今年の卒業生は「聖カタリナ女子高等学校」の校名で迎えた生徒たちである。言うまでもなく、本校はほんの2年前まで女子校であった。したがって、この春、ようやく共学の完成年度を迎えるのだが、まだ、校内のここかしこに女子校の名残をとどめているのも仕方の無いことである。その代表が「聖母寮」であるが、この空間はこれからも女子オンリーであり続ける。
 さて、寮では、毎年70名前後の女子生徒が共同生活を営む。先日行われた卒寮式では、後輩に記念品を贈呈するのが恒例となっている。今年は「洗濯機4台とトースター3台」。生活感の滲み出たこれらの品は、彼女たちにふたつの「じりつ」、「自立」と「自律」が備わったことの証とも言えるだろう。

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No.570 まだまだ続く新たな扉

2018年02月13日 火曜日

 以下は、本日行なった普通科スポーツ進学コース2年生の修学旅行結団式での挨拶である。
 ――― 共学に移行したことから、過去90年にはなかった行事が次々と生まれています。今回の修学旅行もそのひとつと言えます。正に、昨年の学園祭のテーマであった「みんなで開く新たな扉」が、まだまだ続いているのです。
 これまでの本校の修学旅行は、6月の看護科と11月の普通科・総合学科の二通りでした。そのため運動部の生徒は、後者のところで大会に支障の無い生徒に限られていましたから、全体の半数も参加していませんでした。しかし、スポーツ進学コースの生徒数が増えたこともあって、この時期に新しい生徒集団の修学旅行を考えることができたのです。
 皆さんは、来年度、最終学年を迎えてその活動の集大成を期待されています。また、個人的にも、最高のパフォーマンスを見せようと意欲満々のはずです。そのために必要なこと、それは「お互いの切磋琢磨」であり「チームワークの強化」です。今回の修学旅行がそのために役立つことは言うまでもありません。スポーツ進学コースの生徒らしい修学旅行としてください。

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No.569 連続4年を祈って

2018年02月05日 月曜日

 看護科専攻科2年生の激励会を行なった。国家試験を13日後に控えた生徒たちの表情は、この寒気をも弾き返すような厳しさに満ちていた。例年この時期になると、国家試験を控えた生徒にエールを送っている。今年は、二つのことばを借りてメッセージとした。私には片手に余る「座右の銘」があるが、そのうちの2つを紹介したのである。
 先ずは「恐れるな、しかし、気をつけて」と板書し、2年前に講演をした卒業生の話を思い起こしてもらった。彼女が海外青年協力隊から派遣され、マラウイ共和国での活動を決心したときに支えとしたことばである。試験に臨む姿勢として、念頭に置いていて欲しい。次にはその下に「信望愛」と並べた。もちろん、聖書からの言葉であるが、私は、いろいろなケースにあてはめて使っている。ここでは、「自分の力を信じ、合格を強く望み、看護職への愛情を成果につなげて欲しい」と解説した。
 最後に、国家試験の全員合格が4年連続となることを祈りつつ、「いよかん」を一人ひとりに手渡した。

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No.568 再び生徒の皆さんに

2018年01月29日 月曜日

 先週末、1週間前に続く2度目の生徒集会を行なった。この間、校内の「元気度」が低下して申し訳なく思っているが一緒にその回復に努めてほしく、そこで、次の3点を校長からのお願いとして伝えた。
 先ずは、毎日の挨拶の励行。「お早うございます」に始まり、日中の「こんにちは」など、挨拶はお互いの元気を高め合う効果が大です。今は、挨拶を交わすことの大事さを再認識できる機会です。
 次には、外部の人たちも心配の目で見てくれています。色んな意味で気にしてくれています。「大丈夫、頑張っています」というところを見せてください。特に、部活動をしている生徒は、「さすが」と言われる練習光景を見聞してもらい、やがて始まる大会において実績として示してください。
 最後に、全校生徒の皆さんにお願いです。制服を着ているときこそが、絶好のチャンスです。毎朝の通学において、自転車通学生、公共の交通機関を利用している生徒、それぞれにマナーを守り、何か役立つ機会があれば積極的に関わってください。

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No.567 お詫びとお願い

2018年01月22日 月曜日

 当欄は毎週1回、その多くは週の初めに発信しています。スタートは赴任2年目の6月ですが、直ぐに現在の形式に収まり今日まで続いています。掲載1回分は、500字程度の文章と写真1葉とがセットです。我ながら胸を張っても良いかと思いますのは、開始以来、長期休暇中や年末年始も週1のペースで休み無く今に至っていることです。
 なお、この欄への訪れを想定していますのは、本校の生徒とその保護者、同窓生の皆様、そして日頃から本校に関心を寄せていただいている方々です。特に次なる文章は、その方々に向けてであることをお断りしておきます。従いまして初めての訪問者には、説明不足で意味不明かとも思われますがお許しください。
 さて、この度の報道に関しましては、多大なご迷惑をおかけしておりますこと、また、非常にご心配いただいておりますこと、誠に申し訳ございません。衷心よりお詫び申し上げます。これよりは学園の総力を結集し、一日も早く、校内に平常の明るさを取り戻すよう努めてまいります。ご助力、ご協力のほど、お願い申し上げます。

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No.566 推薦入試の受験生へ

2018年01月15日 月曜日

 土曜日のトップニュースで流れたのは、この冬最強の寒波であった。愛媛県内でも積雪のために孤立した地域があったらしいが、松山市在住の身には想像の及びようもなかった。こうなるとセンター試験に求める公平性は難しいが、それはともかく、本校の生徒たちは納得のいく結果を手にしただろうか。試験の前日、私を含めて関係の先生方からエールを送ると、全員の表情に明らかな緊張が走った。しかし、そうでないと実力は発揮できない。本日、自己採点、追って志望校別に自分の位置を知る。
 ときに、明日は本校の推薦入試である。願書は仕事始めの4日から受け付け、10日に締め切った。正月三が日をそれらしく過したものだから、受験生とその家族に多少の申し訳無さを覚てしまう。ともあれ、本校を受験する生徒の皆さんには、明日、万全の体調で来校してほしい。ただし、試験場への入室開始は8時を予定している。あまり早く学校に到着すると、冷たい校舎外で時間を過すことになるかもしれない。点呼は9時。そこから逆算して家を出て、暖房の効いた試験場に入るのが望ましいと思う。

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No.565 完成年度の期待

2018年01月09日 火曜日

(始業式/校長挨拶抜粋) 皆さんも知っている通り、現在の天皇陛下は来年の4月末で退位されます。したがって、「平成」という元号は、あと16ヶ月で別の元号に代わることになります。近代国家としての日本は、「明治・大正・昭和・平成」と4つの元号のもとに発展してきましたが、元号が変わると社会の雰囲気、いわゆる世相も変わって行くことは過去の歴史が示しています。さらには、ここにいる皆さんの世代が、新しい元号での日本社会を主役となって担うことになります。その意味において、今年平成30年の社会の動きには、特に注意を払っておきたいものです。
 また、意味合いの違いがありはしますが、現在の本校は2年前に校名を変更して学校改革の真っ最中です。その柱としたのは共学への移行ですが、こちらは3ヶ月後には完成年度に入ります。完成ということばにふさわしい実態を整えながら、自らに誇る実績を遺していきたいものです。そのために不可欠なのは皆さんの大活躍です。全校生徒全員に期待しています。

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No.564 問題から逃げない

2018年01月04日 木曜日

 新年 明けましておめでとうございます
 ご家庭におかれましては、それぞれの夢や希望を語りつつ新しい年をお迎えになったことと思います。ご子息ご息女たちが健康に恵まれ、さらなる成長を遂げますようお祈り申し上げます。惜しまずサポートしてまいります。
 さて、昨年末の終業式で生徒たちに求めたのは、「始業式の白ゆり館が皆さんの夢と希望で満たされるように」というものでした。そして、「もちろん私も新たな計画を立てておく」と約束をしました。始業式のステージ上でその内容を明かすつもりはありませんが、しかし、パソコンのしかるべきフォルダの中で文字にしています。それらを現実化するために議論を深め、力を尽くす所存です。ときに、仕事始めの今日、校長室の日めくりカレンダーが投げかけて来たことばを肝に銘じておきました。「問題から逃げない」。逃げても追いかけてくるでしょうし、中には、逃げるともっと大きくなるケースがあったりしますから。

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No.563 捲土重来

2017年12月26日 火曜日

 赴任して12回目の年の瀬、振り返ればこの時期にはいつも、本校のバスケットボール部は東京体育館にいた。通称「ウィンターカップ」と呼ばれる「全国高等学校バスケットボール選手権大会」に出場していたからである。大会最終日(決勝・3位決定戦)は28日、そこまでの滞在も過去4度に及ぶ。また、春休み中の開催であった「春高バレー/全日本バレーボール高等学校選手権」が何年か前から年明け早々の実施となり、東京体育館のコートをバトン代わりにバスケとバレーが幾度か年末年始をリレーした。しかし、今年はどちらの部も愛媛県大会で苦杯を喫した。ただ、そうかといって両部の生徒たちはクリスマスを楽しんだ様子はなく、捲土重来を期した過密な練習スケジュールが組まれている。
 実は、この秋、女子バレー日本代表チーム着用のユニホームが学校に届いた。久光製薬スプリングスに所属し、全日本のメンバーとなった本校卒業生、野本梨佳選手のものである。終業式の後、校長室の北西の隅、私の座席の左前方から窓に向き合うようにそれを掛けた。彼女の活躍を祈ると共に、彼女にも校長室の窓から両部にエールを送ってもらうためである。
 それでは皆さん、よいお年をお迎えください。

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No.562 さる音楽家のことば

2017年12月18日 月曜日

  戸口のマットの上に突っ立って、しばしじっとしていることがある。予期した動きがないので見回すと、ドアには取っ手が付いている。立ち寄ったとある手洗い所では、こんなこともよくある。洗面台の蛇口の下に両手を揃えて差し出し、水の出てくるのを待ち構える。自動のカランを想定してのことである。
 私たちに身近な科学技術の進歩は、その多くが便利さの追求にある。しかし、万事に「一長一短」であることを忘れてはならない。あるものを享受するとき、必ず別のあるものを喪失している。何かが自動になることで得るものがあったとしても、そのために失ったものが何かを知っておきたい。何故なら、できれば他の機会に補充しておきたいからである。
 ただし、これだけは自動にならない、否、絶対になってはならないと思うものがある。かなり前になるが、このサイトに載ったある学年通信の中で知らされた。佐渡裕氏のことば「人生に自動ドアはない」が、それである。人生の楽しさは、それが手動であることに尽きる。だから、冬休みの計画は立てるべきである。

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No.561 夕欠というしるし

2017年12月11日 月曜日

 先夜、一年の締め括りを気にし始めていると教え子から電話が入り、今年も年末の1日を空けておくようにと告げられた。もう長く続いているが、上座が用意された宴席への招きである。彼らと私の出会いは40年前にさかのぼる。年齢差11の彼らは、独身時代の私から「化学」を学んで大学に進んだ。ある意味の犠牲者だと思うのだが、今や、理系分野においても社会的に大活躍している人物が数多いる。一体、教師の力量は何で計れば良いのか?この回答を一元的に得ることは不可能なのだろう。
 実は、もうひとつ大きな疑問がある。それは、私のような者を同席させて何の利点があるのだろう、とのそれである。私よりも家内が心底不思議に思っている。まあ何はともあれ、受話器を置くと直ぐに、冷蔵庫の扉に貼ってあるカレンダーのその日に「夕欠」(夕食が不要の意)と書き込み○で囲んだ。今月は特にその「しるし」が多い。さしあたっての夕欠は明後日水曜日、聖母寮のクリスマス会に招かれている。その夜は、年齢差50の生徒たち70人に囲まれての夕食会となる。

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