校長室の窓から
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校長室の窓から

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No.540 笹飾りの祈り

2017年07月18日 火曜日

 期末試験のさ中から放課後になると、学校90有余年の歴史上初めての掛け声が連呼されていた。「カッセカッセカタリナ、カッセカッセカタリナ、かっ飛ばせーカータリナ!」。このリズム、この文句、新参者なのに校長室の窓からドカドカと入って来る。40人のチアリーダーが赤と黄色のポンポンを曲に合わせて揺らし、その最後にバットをスイングする格好をしてこれを叫ぶ。しらゆり館の外階段を球場のスタンドに見立てて練習を繰り返していたが、西条ひうち球場での初披露となった。「お疲れ様。皆のお陰で、初戦突破ができました。2回戦は坊ちゃん球場での全校応援です。おそらくテレビ中継も入るでしょうから、さらに完成度を高めて、多くの県民に見ていただきましょう」。
 ところで、聖カタリナ館の玄関にある笹飾りに、こんな願い事があったのを何人が知っているだろう。「聖カタリナ学園高校の野球部が/甲子園の神様にも愛されますように」。たまたまの通りすがりに、待ち構えていたかのように目に飛び込んできた。こんな所にこんな祈りがあるのだから、野球部の選手たち、そう簡単に引き下がるわけにはいくまい。

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No.539 今日の空は夏の空

2017年07月10日 月曜日

 先週の火曜日昼間、愛媛県の真上を台風3号が通過した。朝早くから「警報」が出るかも知れぬと身構えていたが、それらしい様子は微塵もないまま一日が暮れた。ただ、松山の地に異変は無かったが、翌朝のニュースに驚かされる。先ずは島根県に、続いて福岡県と大分県に「特別警報」が発令されたのである。この警報は「数十年に一度の災害の可能性がある」と定義されているが、今朝の報道では死者が20名を超えた。道路が寸断されて孤立した集落はいくらもあるらしく、一刻も早い復旧をお祈りする。
 ホームページ上にこの欄ができて10年、何度か同じようなことを書いてきた。私たちの住む松山が、どれほど自然環境に恵まれているかということを。台風の発生時期には、しばしば「暴風警報」が出て、そのつど休校の措置を取るものの大きな災害に発展したことはない。有り難いことである。梅雨明け宣言はまだ聞かないが、校長室の窓から見える今日の空は、白い雲を幾片もちりばめた夏の空である。若者の季節の到来。いま、生徒たちの頭の中では、いくつもの夏のプランが右往左往しているのだろう。

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No.538 香り高く来たれ

2017年07月03日 月曜日

 期末試験は一週間に及ぶが、明日1日を残すばかりとなった。ここに来たとき、私はどちら派だったろう。もう全てが終わったような気になって勉強に身が入らなかったのか、或いは、ラストだからと気合を入れ直して机に向かったのか。どちらかというと前者の方が多く、そして、その度に少なからぬ後悔を繰り返していたようで、今でもヒリヒリとした感じで思い返すひとコマがある。「生徒の皆さん、一夜漬けは恥じることのない学習法です。しっかりと漬け込んで、明日は香り高く登校してください」。
 さて、試験最終日の明日は、3時限目の時間帯で「硬式野球部の壮行会」と「野球応援の練習」を行なうことになっている。昨年は1年生チームの快進撃が耳目を集め、「赤い旋風」のことばを生みベストエイトまで進んだ。その分、今年の期待は膨らむが、何はともあれ話題に上ることは有り難い。要は、実力を出し切れば良いのだが、これこそが言うは易く行なうは難し。なお、初戦を突破すれば坊ちゃん球場での全校応援が実現する。大会4日目第3試合、西条ひうち球場での全力発揮を祈っている。

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No.537 カトリック教育の特徴

2017年06月26日 月曜日

 「全国カトリック学校校長・教頭合同研修会」に参加した。会場は山口県山口市、期間は2日間にわたる。この行事は全国7地区が持ち回りで毎年行なわれているが、出席するのは2回目である。今回も前回と同じ理由だが、開催幹事校として応分の役割を担ったためである。今回は、情報交換会・懇親会の閉会挨拶と、2日目の講演における講師、百瀬文晃神父の紹介とを仰せつかった。神父様は20年に余って上智大学に勤務されたが、現在は広島教区での司牧活動と幼稚園の園長をされている。演題「キリスト教の伝統にみる学校教育」に則し、カトリック教会と学校教育の歴史的な関係をお話しされ、それ故の「カトリック学校教育の特徴」を6点に整理して解説された。以下は、そのうちの2つである。

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No.536 お知らせしたい光景

2017年06月19日 月曜日

 校長室を出ると、通路の突き当たりが職員室の入り口である。距離にして20メートルくらいだろうか。先日のことである。校長室を出て右に向き直ると、正面遠くに二人の女子生徒が立っていた。近づくに連れ伝わるものがある。言うなればソワソワしている感じである。目が合った生徒の方に「どうした?」と問うと、ひと呼吸を置いて「心を落ち着けています」との返事。思わず吹き出しそうになるのをこらえながら「そう、それも大事かな」と言い置いて、職員室のほぼ中央にある自分の席に向かった。
 しばらくすると、先ほどの生徒二人が入って来た。当然、誰のところに行くのだろう?の関心が沸き起こる。二人は、ある女性教諭の斜め後ろに肩を揃えて並んだ。真剣な表情の生徒たちと、背筋を伸ばした後姿の先生とが短い会話を交わす。推測ながら先生の表情は生徒のそれに勝っていたのではないか、生徒の目元は厳しいままである。会話の中身は遠くてさっぱり分からなかったが、心の準備を図った生徒をリッパと思い、それをさせた先生をエライと思った。数分間の光景である。

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No.535 私のHPアニバーサリー

2017年06月12日 月曜日

 数日前、確か6月の初めではなかったかと、書棚の中段に並ぶファイルの一番右端を取り出した。当ホームページの「校長室の窓から」は赴任2年目にスタート、その全ては印刷してクリアファイルに収めている。第1号の日付が(6/12火)とあったから、私にとって本日はその10周年となる記念日である。当初は「フロム・ナウ・オンワード」と題していたが、年の改まったNo.36から「校長室の窓から」となり、そのときから1信毎にタイトルをつけ始めた。なお、約500字の文章と写真1葉を基本形とし、かつ、週1回の発信は一貫している。
 実は、今日は父の命日(最初の発信をこの日に合わせた覚えはない)、12回忌である。父は礼服の仕立てをプレゼントしてくれるなど、私の転任をえらく案じていた。年明け間もない1月17日夜のことである。夕食が済んだら話があるからと呼ばれたが、ベッドに座っている父の横に私が並ぶや、左腕の中に倒れ込んで来た。何を聴くこともなく119番に通報、そのまま5ヶ月間、昏睡状態が続く。4月、本校に着任。中予地区の中学40校に新任の挨拶回りを終えた日の夜、手をつないだ私と二人きりの病室で心音が消えた。享年94での帰天であった。

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No.534 総体開会式の悔い

2017年06月05日 月曜日

 県総体には72校7800人の選手が参加し、総合開会式は競技開始に先立つ2日、県武道館で行われた。入場行進は、何度立ち会っても壮観である。これで12回目、フロアに設けられた体操競技の専門部長席に着く。開式のファンファーレを聞く直前、大型画面に学校の行進順序が映し出された。校名の一覧が、南予、東予、中予の順で切り替わる。本校を最後尾で見つけた瞬間、思わず舌打ちしそうになった。理由は、行進する30名を全員女子にまとめたことにある。選手131名のうちの男子生徒が6名と少なかったからであるが、最終の出番であるならば3列縦隊の最後尾2列を男子にしておくべきであった。そうすれば、3000人の観衆と先に行進して腰を下ろしている2000人の選手に、共学2年目にして早くも県総体に出る男子生徒のいることをアピールできたはずである。そんなことを思って悔やんだ。
 ときに、今年は団体種目4競技で優勝した。昨年は3競技であったから上々と言えそうだが、期待はもう少し膨らんでいた。しかし、負けたときこそ学ぶことは多い。苦杯を喫した者は、心を整え直して次をガンバレ。

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No.533 祈り・爆笑・静寂・奉仕

2017年05月29日 月曜日

 全校生徒の集会行事「聖母を讃える集い」は、「松山市民会館」での開催となった。「白ゆり館」では椅子を並べて1200名が限度であり、専攻科生徒を含めると1300名を超える現状に対応できないためである。生徒数は来年もまだ増えることから、今後、5月実施のこの集まりと12月の「クリスマス祝会」とは市民会館を利用することになるだろう。
 ところで、本日の講師を依頼した西経一神父は、本校生への講演が2回目である。初回は10年前にさかのぼる。名古屋の南山中学高等学校の副校長をされているときであった。私は赴任2年目、講演のあとご一緒した昼食のひとときを今も鮮やかに思い起こす。現在は、長崎の南山中学高等学校の校長である。本日も、以前に増しての印象深い時間となった。ステージ右手の懸垂幕には演題「愛のうちにともに育つ」があり、神父の話はそれを起点にして四方八方に出かけて行っては引き返す。一往復する話の中で何度も生徒たちは爆笑するが、しかし、必ず一度は驚くような静寂に場内が沈む。後日、編集される「講演感想文集」がとても気になる。いま午後2時10分。生徒たちは石手川の清掃や施設訪問など、それぞれの奉仕活動に取り組んでいる。

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No.532 先ずは顧問から

2017年05月22日 月曜日

 アフターファイブの話題は、基本的には本欄に相応しくないだろう。ただ、ときにはその域から外れ、広く知らせたい内容もある。先週、来月2日に開会式を迎える愛媛県高校総体を前に、運動部顧問の「総体頑張ろう会」が催された。毎年恒例のものではあるが、この夜は出席者も増え大いに盛り上がった。発足したばかりのバドミントン部と応援部の顧問を含め、多くの新メンバーに加えて愛媛FCアカデミーの指導者3人も駆けつけてくれた。ちなみに、出場生徒131名の壮行会は月末に行なう予定である。
 ここで、愛媛FCアカデミーの紹介を簡単にしておく。その名の通り、サッカーJリーグで活躍している愛媛FCの傘下にあり、Jリーガーを目指す高校生の集まりである。ただし、ここに所属すると高体連には選手登録できないため、インターハイや年末の全国大会に出場することはできない。そこで、クラブ員の在籍校が同じであれば何かと好都合なことが多く、昨年9名、今年は13名が本校に入学した。出場資格のある秋の国体では、サッカー少年男子の愛媛県チームに何人もの本校生が名を連ねるはずである。

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No.531 麦秋の思い出

2017年05月15日 月曜日

 過日、教職員健康診断を受診した。自分の空き時間を利用して身長・体重・血圧・視力を測定し、胸部レントゲンと心電図、人によってはバリウム液を飲んで胃の異状を探る。また、オプションではあるが大腸ガンや腹部エコーの検査も行なう。早期発見早期治療を意図したものだが、しかし、病気と言うのは実に多種多様、そう簡単には見つからぬものが少なくない。
 実は、昨年のこの時期、私は生まれて初めての手術を経験した。病名は「副鼻腔炎」、いわゆる「蓄膿症」である。もっとも、初診で訪ねた先は脳神経科であり、しかも、そこに至るまでにも悩みの日々を半年近くは重ねている。しかし、一連の体験から得た収穫は大きい。「人の痛みを考えて」とはなかなか使い辛いことばであったが、これからはそうでもなくなった。全身麻酔の経験は何かと役に立つかもしれない。浮遊するかと思えば意識を喪失し、次にはぼやけた人影を目に映しながら覚醒した。と同時の安堵感。それからの数日、なん十年振りかで夜半から明け方までラジオを聴いた。「麦秋(むぎあき)に入院ラジオ深夜便」とは、その一週間の総括である。
 生徒たちは、明日から中間試験に入る。体調を整え、頑張ってもらいたい。

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No.530 もう直ぐマイペース

2017年05月08日 月曜日

 この時期にいつも思うのだが、新年度スタート直後の1ヶ月はホントにしんどい。エネルギーの消費量に換算するなら、年間総消費量の20%は超えるだろう。この感覚は、自転車の漕ぎ始めによく似ている。サドルに腰をつけてハンドルを手に、ペダルを踏み込むそのときを思い浮かべてほしい。足にかける力は最大で、おまけに、横に振れるハンドルを体全体で正さないといけない。ただし、何回かペダルが回転すると足の負担は急速に減り、ハンドルも手を添えているだけでOKとなる。
 さて、今年度のこれからはどうなのだろう。長くて急な上り坂や舗装のされていない凸凹道はあるのだろうか。だがしかし、と思う。上りがあれば必ず下りがある。苦あれば楽あり、心配に及ばない。舗装路は体力を消耗しないが、長く続くと眠気を誘うこともある。ついつい余所見をしてしまい、…となっても困る。だから、適度に障害物のある方が、集中力を引き出すには効果的とも言えよう。とまれ、ここまでは順調な1ヶ月が過ぎた。行く先々の景色を楽しみに、私のサイクリングは進行中である。

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No.529 遠足に行かない訳

2017年05月01日 月曜日

 明日は歓迎遠足。天気予報では、今日に続いて快晴に恵まれそうである。全校生徒1300余名に告ぐ。いつもは気になること、例えば苦手な勉強とかうまくいかない部活とか、或いはまだ決まらない具体的な進路など、この日ばかりはどっか遠くへ追いやって友達との時間を楽しむが良い。春風に吹かれ、春の光を浴びながら、迎え来る5連休に思いを馳せるとイイだろう。
 実は、例年の私はどこかの学年にオジャマムシとなって同行し、生徒たちの会話に聞き耳を立てている。しばしば、オヤツのおこぼれにあずかっては一瞬ばかり若返る。それが今年は許されなかった。臨時の理事会が招集されたからである。特に、火急の用件が持ち上がったわけではない。ただ、次回の定例開催日の審議を待っていたのでは、計画の進行速度に影響が出るかもしれないためである。先般、関西のある学校法人が驚くような運営を露呈したが、わが法人ではコンプライアンスが徹底している。私の弱点のひとつはいわゆる「あいまいさ」にあるのだが、お陰で少しは矯正された感がする。

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No.528 異星人の感想

2017年04月24日 月曜日

 ある飲料メーカーのTVコマーシャルに、アメリカの男優が異星人に扮したシリーズものがある。どの作品でも、くだんの人物が気になるひと言をつぶやく。そうかと言っていつもその場限りで忘れてしまうのだが、初めて記憶の壁にうっすら張り付いたセリフがあった。次には完全に覚えておこうと思っていた矢先に、新作の登場となりガッカリ。それは次のようなものだったと思う。原文と違うかもしれないが、文意は損ねていないだろう。「この惑星の若い世代も、ダメそうに見えてけっこうやる」。
 さて、昨年度は200名余り、さらに本年度も約150名の生徒増になったことから多くの教員を新規採用しているが、どうしても若手中心になる。この4月には、大学の新卒5名と大学院の新卒2名を迎えた。実は、昨1年間の若手教員の活躍を目の当たりにして、私は先の異星人と同じ感想を抱いている。ICT授業への取り組みを手始めに、私世代がためらうことに臆することなく突き進む。今年の若手も右に倣えの様子で頼もしい。その内、「聖カの若い世代はけっこうやる」と評判になるかもしれない。

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No.527 本校の三つの宝

2017年04月17日 月曜日

 校内に全校生徒1300余名が揃ったのは、先週11日火曜日である。新年度、いの一番に唱和する朝の祈りは「学生の祈り」と決まっている。放送を通して女子生徒が先唱した。
 「神さま、あなたはわたしたちに真理を探究する偉大な使命を与えました。謙虚にあなたを求め、教養を身につけ、ゆたかな人格を培うことができるように、私たちを励ましてください。わたしたちは知識を深め、善いものを求め、美しいものを味わうように努めます。キリストよ、あなたは真理であり、道であり、いのちです。あなたによって学ぶ喜びを、わたしたちに与えてください。」
 本校には三つの宝がある。そのひとつが「お祈り」。毎日2回、登校時と下校時に欠かすことはない。謙虚な気持ちになること、友人や知人、家族に思いを馳せることで心を豊かにと願う。ちなみに、あと二つの宝は、「資格・検定の取得」と「ボランティア活動」。ただし、どれも強制しないだけに宝の持ち腐れとならぬよう、その点は生徒たちの自己責任である。

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No.526 雨降ってますます

2017年04月11日 火曜日

 新年度がスタートした。一年前の今頃には、不意に微細な震えが体の中を走り抜けるような緊張感があった。もちろん、今そんなことはないのだが、そのときの感覚はまだ体が覚えている。忘れてはならないことだろう。共学2期生に抱く期待感は昨年を上回る。それは、完成年度を呼び寄せる力の大きさが、この学年にかかっているからである。昨日の入学式は生憎の天候となったが、「雨降って地(ますます)固まる」の格言が文字の通りに実現する日と心得た。以下は、入学式式辞の一部。
 ―――皆さんは、森信三(モリノブゾウ)という人物を知っていますか。(中略)多くの教えを遺されていますが、今日の場に相応しいそのうちのひとつを紹介します。
 「人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に」。
 皆さんは、今日、400人を超える同期の友人を一挙に得ました。それと同時に、私たち教職員とも出逢いました。この出逢いに、森先生のことばが重なります。私たちはお互いにとって逢うべき人であり、しかも、今日という日が早すぎでなく遅すぎでもないピッタリの日であることを心に刻んでおきましょう。

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No.525 誇らしい再会

2017年04月03日 月曜日

 聖カタリナ大学の看護学科が今春から開校する。昨日、新校舎の竣工式が執り行われた。建設場所は、一昨年まで本校の看護科生が通っていた松山市駅南口、永代町の地である。そこに、鉄筋5階建ての2棟がL字型に配置され、既設の本校体育館を加えると建築物としてはコの字型の並びになる。新学科の1期生には本校からも4名が加わるが、今後は特に、男子生徒の進学を期待している。彼らが、愛媛の医療界、看護師界に新風を吹き込み、やがてはリーダーとして活躍することを熱望しているのである。
 ところで、ここ数年は高大連携の意識を強め、大学と短期大学部とで合わせて50名近くの本校生徒が入学している。先月半ば、大学の卒業式に列席したが、卒業証書授与で真っ先に呼ばれた名前に憶えがあった。マントに身を包み角帽を載せた容姿に高校時代の面影は無かったが、保育学科卒業生総代の凜とした面持ちを誇らしく見つめた。やがては、看護学科の総代にも本校の卒業生が名を連ねてくれるだろう。そのとき、その人物が男子生徒であったならば、共学への移行がさらに完成度を高めることになる。

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No.524 全員の手にクルミの実

2017年03月28日 火曜日

 ドイツの詩人ゲーテのことばに「神様はクルミを与えてくれるが、それを噛んで割ってはくれない」というのがある。その言を受けるなら、渡されたクルミの殻を見事に割って、全員がその実を手中に収めた。昨日の午後2時、第106回看護師国家試験の合格者が発表され、全員の合格を確認したのである。試験後の自己採点の結果から大丈夫とは思っていたものの、採点ミスも考えられる。この5週間、生徒たちも先生方も、正式発表を目にするまではどこか落ち着かない日々であったろう。
 昨夜は帰宅してすぐさま、祭壇の扉を開けて「全員合格」を報告し、そこに置いていた菓子箱を取り上げた。先月、高松で実施された国家試験の引率教員からもらった品である。賞味期限に余裕があったことから、合格発表日に良き知らせが届くよう父母にも協力を依頼していたのである。母は本校の卒業生であり、生前、看護科の生徒の活躍をことのほか喜んでいたひとりである。これにて、ここ7年間で直ぐにクルミを手にできなかった生徒は僅かに1人、正に我が校が他に誇るべき実績のひとつである。

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No.523 増える遣り甲斐

2017年03月21日 火曜日

 全校集会には、当然のことながら原稿をしたためて臨んでいる。始業式や終業式では、約10分を見当にそれに見合う分量を用意する。先日は、数日かけて考えた前置きをステージの袖で反芻した後に中央に向かったが、演壇に立った途端にそれが消し飛んだ。男子生徒の眼差しが強烈で、女子生徒の髪の毛がいつになく光って見えた。そして出た第一声は、「この一年、多くの方々から注目を浴びて来ましたが、皆さんがよくそれに応えてくれました。ありがとう」となった。
 新しい学校を意識した1年間であった。終業式の生徒たちの様子に、前夜の送別の宴を重ねながら振り返る12ヶ月には、私の人生の中でも貴重なシーンがいくつもある。生徒たちに、教職員に、ただただ感謝あるのみである。送別会には、PTAと同窓会、それに教育後援会の役員の方々も出席してくださり、新たなエールを頂戴した。物心両面でご支援いただいたことに、ここで改めて感謝申し上げる。
 ところで、先の18日は新入生登校日であった。校内に迎え入れた生徒は、1日に送り出した卒業生に比して147名の増。私たち教職員の遣り甲斐が、この数値ほど増えることになる。

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No.522 ただ言えること

2017年03月13日 月曜日

 先週末は、どのチャンネルも6年前を振り返った。東日本大震災を報じる当時のニュース映像は、今もって衝撃的である。津波の発生直後、多くの方の消息不明を案じたが、実はそのうちのひとりに私の高校時代の友人がいた。石巻の病院に勤務する医師であり、何日間か連絡が途絶えたためにその不安は増幅した。後に伝え聞いたところでは、丘陵地に建つ病院は孤立し、そこで倍旧の医療活動をしていたことが分かる。感服の至りであった。
 その年の11月、私は気仙沼を訪ねようとしてホテルの手配を観光社に頼んだ。ところが、受け取ったのはJRで1時間余り離れた場所のクーポンであった。現地に行ってその理由が分かる。復旧作業に従事している人たちで宿泊施設は満杯であり、陸地の奥深く打ち上げられたタンカーはまだ手付かずの状態であった。整ったガレキの山に、辛うじて作業の進行を見て取れた。
 復興に向けて私のできること、それは難しい。ただ言えるのは、忘れないことではないか。みやげ物店で買った小さな南部鉄の置物は、この5年半、玄関にずっとある。忘れないでいて、できるときにできることをしていきたい。

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No.521 卒業生へのプレゼント

2017年03月06日 月曜日

○高校3年生へ
 心理学者アルフレッド・アドラーのことばを贈ります。
 「人は誰もが同じ世界に生きているのではなく、自分が『意味づけ』した世界に生きている」。したがって、「大切なのは何が与えられているかではなく、与えられているものをどう使うかにある」。即ち、私たちの未来は、決して遭遇するようなものではありません。自分の判断力と決断力、それを受けての実行力とがあれば、自在に創り出すことができるともいえるのです。
○専攻科2年生へ
 ある宣教師からシスター渡辺和子に渡された詩の一節を贈ります。
 「神が植えたところで咲きなさい。咲くということは、仕方がないと諦めることではありません。それは自分が笑顔で幸せに生き、周囲の人々も幸せにすることによって、神が、あなたをここにお植えになったのは間違いで無かったと、証明することです」。皆さんからの花便りを楽しみに待ちながら、私も証明者の一人となるよう努力を続けます。

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